ほんの、出来心だった。
普段は恋人であるコンラートの過剰なスキンシップを叱り付ける自分が、なぜ急にそんなことを思い付いたのか・・・。
それがそもそもの間違いだった。
「あれは・・・」
血盟城の廊下を歩いていると、ふと前方に人影を発見した。
暗くてよく見えないが、あの背格好は間違いなく自分の恋人だろう。
そう分かると、私は彼に向かって足を速めた。
そして、驚かせようと思い後ろからその背中に抱きついた。
「コンラートっ・・・!」
「・・・っ!?」
その次には、いつもの笑顔で「危ないよ」とか「びっくりした」とかそんな言葉が出てくるものと思っていた。
だけど私を待っていたのは、全く予想外の言葉だった。
「・・・お前は、いつもこのようなことをしているのか?」
「ヴァ、ヴァルトラーナ!?」
「・・・・・・」
「ああああの、ごめんなさい、その・・・コンラートと同じくらいの身長だったら、てっきりコンラートだと思って・・・」
「それで、誤って私に抱き付いた、と?」
「・・・はい」
これがもし他の者であれば動揺したり大騒ぎになっていたのだろうが、如何せん相手はあのヴァルトラーナである。
あぁ、そういえばこめかみを押さえながら溜息を吐くヴァルトラーナを、私は久々に見た気がする。
彼とは昔よく遊んでいたものだ。
私がやんちゃの限りを尽くしていた時、大人な彼は決まってこんな風に私を諭した。
変わらないなぁ、私も彼も。
そんなことを思いつつ過去の懐かしい思い出に浸っていると、背後に、実に嫌な気配を感じた。
それはもう、この身の危険さえ感じるような。
「、何をしているんだい?」
あぁ、この男はなんてタイミングで登場するんだろう。
問いに答える前にコンラートは私の腕をがっしりと掴み、ヴァルトラーナと反対・・・彼の部屋の方へと向きを変えた。
ちらりとヴァルトラーナを振り返ると、彼は何とも言い難い面白い顔をしていた。
しかし、その表情からこれだけは読み取れた。
『諦めろ』と。
そう、この男には逆らうだけ無駄なのだ。
ついに部屋に辿りついた時、私は牢獄の前に連れてこられた囚人のような気分だった。
そして部屋の鍵がしっかり掛けられた音を聞くと同時に、絶望が襲ってくるような気がした。
逃げられない。
「で、ヴァルトラーナと何を?」
「お、怒ってるの?」
「そう見える?」
「(・・・怒ってるのになんで聞き返すかなぁ)・・・別に、故意でやった訳じゃないの」
「もちろんだよ。もしそうなら、あのままヴァルトラーナを帰してはいなかっただろうな」
「・・・」
「がそんなことするはずがないって、分かってるよ」
「じゃあ、何で・・・」
「嫌なんだ・・・」
「・・・コンラート?」
絞り出すように発せられたその言葉は、彼らしくない。
不意に抱き締められたことよりも、コンラートの悲しそうな声に胸が痛んだ。
「俺以外の誰にも、君に触れて欲しくない」
星屑を散らしたような美しい瞳は苦しそうに歪められ、背中に回る腕に、力が入ったのが分かった。
コンラートの気持ちは分からなくもない。
私だって、もし同じ状況に出くわしたらきっとそうだから。
「・・・ごめんね」
そう言って、いつもより低い位置にあるコンラートの頭を抱きしめ、子供をあやす様に撫でた。
しばらく大人しくしていたので、私もそのままにしておいた。
落ち着いたのか、コンラートがゆっくりを顔を上げた。
上目遣いで。
「じゃあ、今日は1日俺を慰めてくれる?」
「・・・今日、だけだからね」
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