「、冷えるぞ」
あぁ、何だかどこかで聞いたことのある懐かしい声だなと思い振り返ると、案の定そこには良く見知った、と言うか半ば腐れ縁とも言える仲の男、桂小太郎が立っていた。
それはもう、大層不満そうに。
彼はその形の良い眉を顰めて、私を見つめていた。
相変わらず、長い髪だな。
でも、嫌いではない、羨ましいくらいの艶やかな髪を揺らして、彼はこちらにやって来る。
小太郎が差している傘に積もる雪を見て初めて雪が降っていることに気付いた。
そうか、どおりで寒いと思ったんだよなぁ。
雪か。
雪が降っていると意識する前は何ともなかったはずなのに、意識してしまうと不思議なことにどうにも寒いもので、どうやら身体は完全に冷え切っていた。
自分の感覚がそこまで働いていなかったことに驚きと些か不安を覚え、震え始めた肩を両手で抱くと、そっと、肩に何か暖かいものが掛けられた。
「良いの・・・?」
「あぁ。俺よりもの方が必要としているようだからな」
「有難う・・・でも、」
「気にするな。これでも、毎日鍛えている」
「そっか。有難う」
小太郎の言葉に甘えて貸してもらった上着に顔を埋めると、彼が常に纏う清潔感のある匂いがした。
私は、昔からこの匂いが好きだった。
小太郎らしい、嘘のない真っ直ぐな匂い。
思えば、私はいつも小太郎に迷惑を掛けていた気がしなくも、ない。
・・・いや、かなり掛けている。
そして、今現在、も。
小太郎は面倒見が良くて、お兄さんと言うよりはむしろお父さん的存在だった。
もう私も良い年になるのに、未だにお父さんに迷惑を掛けているなんて・・・そう考えると私も親不孝者だなと、思わず苦笑した。
私が小太郎に世話になる時は大体、主に高杉関係のことなのだが、彼はよくも毎回毎回、世話をしてくれるものだと、いつも関心している。
高杉単体でも厄介なのに、自分達がセットになると、本当にもう、小太郎くらいにしか何とか出来ないのだ、情けないが。
近々、お礼も兼ねて何かしてあげなければいけないと思っていると、またしても名前を呼ばれた。
いけない、最近なんだかやけにぼーっとしている気がする。
そんなことをこの間銀時に言ったら、「お前は昔からそうだよ」と笑われた。
はて、そうだっただろうか。
「」
「何?」
小太郎は心底疲れたように、そして深い溜息を吐いてしまった。
あぁ・・・お父さん、親不孝者でごめんなさい。
うん、いや、だって何て返事をしたら良いか分からなかったし、ね。
それに、何だか、とても体が寒い。
どうしようもないくらいに。
「良いのか?」
一拍置いて、あぁ、高杉のことかと納得する。
私がこんな風になっていて、小太郎がこんな風に会いに来てくれている時点で、それはもう紛れもなく高杉が元凶なのだから。
「・・・うん。何か、結構もうどうでも良いっていうか」
恋人に対してどうでも良いと言っている時点で可笑しいと思われるかもしれないが、私達はそういうものだ。
血気盛んな若者じゃあるまいし、まして、昔から知りすぎている仲なのだから。
現に高杉は私がいながら平気で他の女を抱いてきたし、私もそれに対して特に何も言わなかった(後で小太郎がみっちり説教していたらしいけど)。
でも、居ないとそれはそれで、何だか落ち着かない。
互いがあるべき場所で存在さえしていれば、あとはどうでも良いのだ。
私達が求めているのは、共に隣を歩く誰か、ではなく、『そいつの存在がないと張り合いがなくて人生がつまらん』奴なのだ。
「多分、これくらいが丁度良いんだよ、私達は」
どんな意図でそんな言葉が出たのか、その真意は本当のところ自分にもよく分かっていなかったけど、でも、それはまるで、どこか死刑宣告のようだと脳内に響く頃には感じていた。
そして、私は残酷だとは思いながら、小太郎が伸ばそうとした手に気付かないふりをする。
所詮、誰も傷つけたくないだとかそう言うのは、私のエゴだと、とうに気付いていた。
私は、周りの優しさに甘えているだけの酷い女なのに、小太郎の手を取る資格なんて、持ち合わせていないのだ。
その手が下ろされる頃には、二人が言いようのない不安と葛藤と絶望に支配され、そのぽっかりと空いた穴にしずしずと沈み込むには、十分だった。
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