「あ、恭弥いたの?」
「・・・それが、任務から帰って来た夫に言う言葉?」
あぁそうか、お帰りなさい?と言い直すと、何で疑問形なの、と恭弥は額に手を当て、また深いため息を吐いていた。
あれ、そんなに変なこと言ったかな?
いつの間にやら帰って来たらしい恭弥は、すでにスーツから流しに着替えていた。
うん、やっぱりこの人は和服が似合う。
何ていうか、もう、色気が半端ないよね。
女の私なんかよりフェロモンを振りまいてると言っても、過言ではないと思う。
そんなことを考えているうちに、恭弥はソファーに掛けていた。
肩にもたれ掛るように身を寄せると、お風呂上がりの蒸気と、石鹸の香りがふわりと鼻をくすぐった。
ちらりと見やると、入った直後なのかその肌はうっすら汗ばみ、僅かに上気していた。
それが何となく気に入って、その意外と筋肉が付いてしっかりとした胸に頬を寄せる。ぴたりと。
「ねぇ、暫くはゆっくり出来るんでしょう?」
「と、思う?」
「思わない」
自分で言って、心底がっかりした。
今回は2ヶ月ほど家を空けていたのだけれど、だからと言ってその後たっぷり休養を取るようなことは、しない。
この人は、そういう次元で仕事をすることはしない。
初めから分かっていたことなのだけど、それでもやっぱり、少し、寂しい。
「もー!恭弥ってば仕事ばっかりー。たまには構ってよー!」
「何、そんなに構ってほしいの?」
「うー・・・そりゃあ、構って・・・ほしいよ」
それが、忙しい彼にとって我儘だと分かっているから強く言えず、何となく顔を合わせたくなくて俯くと、恭弥の大きな手に頭を優しく撫でられた。
その、ややぎこちない、けれど、世界で一番安心すると言っても過言ではないその温もりに、思わず顔が綻んだ。
たったそれだけのことなのに、それだけで私はもうさっきのやり取りなど、もうどうでも良くなってしまう。
我ながら、実に単純である。
しかし、どうやら今日はいたく機嫌が良いらしい。
昔に比べたら大分丸くなったとは言え、やはり雲雀恭弥だ。
せっかく、久しぶりに会えた恭弥に甘やかしてもらっているのだから、私はされるがままになる。
と、思っていると、恭弥のしなやかな指はおもむろに顎に伸びる。
おそらく、中3本指で、撫でるというよりもむしろくすぐるに近い要領で。
「・・・ねぇ、私のこと、猫か何かだと思ってるでしょ」
「ワォ、は自分にそんな可愛げがあるとでも思ってるの?」
「うー!悪かったね、可愛げがなくてっ、」
そう言うや否や、どさり、という不穏な音と共に、体制があっという間に変わる。
そして、自分の置かれてる状況を把握しようとする前に、恭弥の吐息が実に近くにあることを知る。
「いや、僕に鳴かされてる時は、可愛げがあるかな」
その言葉が耳に届く時には、私の唇はすでに恭弥に塞がれていた。
恭弥の舌が口内で蠢くたびに、ゾクリと、体が震えるのが分かった。
堪らずその襟を手繰り寄せるようにぎゅっと握ると、恭弥の体がぴたりと寄り、膝が寝間着代わりのワンピースの裾を割って入ってきた。
熱い。
まるで、熱があるみたいに。
恭弥の唇も、下腹部に触れている脚も、ゆるゆると脚を撫で始めたその手も。
「あ、待って、恭弥っ・・・」
「そんな風に煽られて、僕が待つとでも?」
「あ、煽ってなんて、ない」
「は、いつも僕を誘惑するからね」
「んっ、違っ・・・」
反論をしようと顔を合わせるなり、露わになった無防備な首筋に、恭弥が食いつく。
その感覚にびくりと体を揺らすと、すかさず追い上げるように舌を這わす。
そう、私は首が、弱いのだ。ものすごく。
それを知っている恭弥は、私の反応に気を良くしたのか、ますますそこを攻める。
もう、恭弥は私の体を熟知してしまっているのだ。
私でさえも、知らないことまで。
ぼうっとする頭で、布の擦れる音で恭弥が脱いだのが分かった。
「もう、十分みたいだから、入れるよ」
「うん、」
まるで洪水のようにだらしなく潤ったそこへ、恭弥のが宛がわれる。
一瞬、ぐっと体に力が入り、無意識の内に目の前の肩に爪を立てやり過ごすと、次にふう、と息を吐く。
何度やっても、この瞬間だけは慣れないのだ、何てことはないはずなのに。
ぎゅっと瞑っていたいた目を開くと、目を細めこちらを見下ろす恭弥と目が合った。
その目で、彼が考えていることが何となく、分かってしまった。
恭弥は浅い所で、ゆるゆると動き始めた。
気持ちいい。
けれども、物足りない。
確実に、そのポイントを外して突いてきていることには気付いていた。
「ねぇ、もっと、ちゃんと動いて」
「『ちゃんと』って?」
「あっ、」
良いところを、掠める。
けれども、それ以上はいかない。
それが何とも歯痒くて、じれったくなってしまう。
仕返しとばかりに腹部に力を入れてやると、恭弥が僅かに息を漏らすのが分かった。
「何、強請ってるの?」
「だって恭弥が、」
「最初からやってもいいんだけど、は体力がないからね」
「・・・っん、」
「の鳴き声、ずっと聞けないでしょ」
まぁ、それも仕方ないか、と頭上で声が聞こえるや否や、それまでやんわりとした刺激から一変して、息をする間もない、激しい快感の波が押し寄せた。
(痺れる)
単純に、そう思った。紛れもなく。
まるで引き潮のようにギリギリまで引いて、それから大波のごとく一気に責め立てる。
恭弥も、意地が悪いものだ。
先刻、恭弥が纏っていたそれとはまた違う汗がじんわりとにじみ、前髪は額にぺたりとくっついていた。
ガツガツと、まるで獣のような交わりも、たまには悪くはない。
そう、ぼんやり頭の片隅で考えていると、「随分と余裕があるね」と思い切り弱いところを突かれ腰が跳ねる。
こんなになっているのに、それでもまだ敏感に反応する自分の体が、憎い。
「もう、無理、」
本当に、そう思った。
きっと、明日は確実に起き上がれないという自信がある。大いに。
「駄目、まだ付き合ってもらうよ」
はい、即答。
初めから分かってはいたけれど。
まるで獲物を捕食する獣のような目をした恭弥に敵うはずもなく、私は早々に白旗を揚げることにした。
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