畳にじわりと酒が染み込んでいくのを、私はどこか他人事のように冷静に眺めていた。
鼻をつくような、強い酒の匂いが部屋に充満して、思わず眉を顰める。
ああ、なんて不愉快なんだろう。
この私の気分を著しく害する元凶である酒は今し方私がぶちまけたもので、持って来たのは高杉だ。
しかもご丁寧に私の嫌いな銘柄を選ぶあたり、相変わらずいい性格をしている。

高杉は、私の目の前にどっかと座って悠々と煙管を吹かしている。
だが、ここは私の部屋であり、まして指名手配犯のこの男が居るような場所ではない。
本来、平穏でなければならない空間を侵されたことに、眉間の皺はますます深いものとなった。
不機嫌丸出しな顔で睨みつけると、高杉はにやりと笑った。


「オイ。折角手土産に持って来てやったのに、何すんだ」

「黙れ」

「何だァ、気に入らなかったのかァ?」

「さっさと出て行け。通報するぞ」

「へェ・・・」


そして高杉は昔と変わらぬ意地の悪い笑みを浮かべると煙管を置き、私の方へ歩み寄って来た。
当然、私は後退るのだが、運悪く背後は壁だった。
いや、運悪くというよりも・・・。
この男はいつだって私の逃げ道を塞いでいく。
それはもう、巧妙なやり方で。
焦る私をよそに高杉はというと、いよいよ喉を鳴らして笑い出した。
あぁ、腹が立つ。
昔からこいつのこういうところが大嫌いだった。


「お前に、俺を通報出来るのかよ」

「・・・うるさい、」

「なァ、

「もう、本当に、帰って・・・」


懐かしい、昔のような優しい声で名前を呼ばれ、不覚にも涙腺が緩んだのが分かった。
本当に、こいつはよく分かっている。

もうこれ以上は、本当に耐えられそうにない。
俯いているので高杉からは私の表情は見えないはずなのだが、きっと、全て分かっているのだろう。

そしてもうすぐ、甘ったるい声で耳元で囁くのだ。


「愛してるぜェ、


嫌いだ。
こんな最低最悪な男なんて嫌いなのに、どうしてだろう。
私の意志とは関係なしに、涙は止めどなく溢れ出す。
それに比例するかのように、高杉の笑みも深くなる。

身体は正直だとはよく言ったもので、口では拒絶していても、結局、私の手は高杉を掴んで離さない。








090219